実践道徳「おりょうりがさめることについて」
創造活動「らんまん農えん」では、これまでに何度か料理を作ってきました。子どもは、みんなが食べられるようにしたいと、味噌汁やスープを紙コップに分けて全員が手にするまで食べるのを待ってもらったり、ピザを人数分に切り分けるまでずっと待ち続けていたりするなどしていました。

らんまん焼き芋パーティーでも焼き芋を切り分けるために、「まだ食べちゃだめ」「分けるから待っていて」と全員が食べられるように食べるのを待つ様子がありました。その一方で、ホカホカの焼き芋を手にした子どもは、「まだ食べちゃだめかな」「さめちゃうな」と言いながら、待ちきれない様子がありました。

子どもは「焼き芋が甘くておいしかった」と話す一方で、「冷めていてちょっとおいしくなかった」と話しました。
それを聞いた子どもは、「『切り分ける』って言って言い合いになっていた。すぐには食べられなかったな」と話しました。そして、「時間がかかっていて並んでいた。『まだ切っていないから食べないで』って言われた」や「食べていいのか悪いのか分からなかった。さめてしまった」と、何人かの子どもが食べることを待っていること、冷めてしまったことについて話しました。
そこで、「らんまん農えんでつくったおりょうりはできたてで食べてもらいたいと思っていますか」と尋ねました。
子どもは、「おいしいうちに食べてほしいと思っている」「みんなにできたてで食べてほしいと思っている」と話す中で、「でも」と言う子どもがいました。その子どもは「クラスみんなに食べてもらいたいから、分けるのに時間がかかるし」と話しました。
そこで、「みんないっしょのタイミングでおりょうりを食べた方がいいですか」と尋ねました。子どもは、「できたらすぐに食べて方がおいしいし、おりょうりもそっちの方が喜ぶと思う」や「あったかい方がおいしい。おいしいうちに食べたい」と話したり、「みんなに配らないと誰が食べたか分からなくなって、食べられない人がでちゃうのは困る」や「みんなで一緒に食べるともっとおいしくなる」と話したりしました。
作文シートには、次のようなことが書かれていました。
「らんまん農えんで、作ったりょうりについて話しました。ぼくは、みんなで、いっしょに食べません。理ゆうは、ずっとまったりずっと食べなかったりすると、みんなが食べたときにさめてて、ちょっとおいしくなくなっちゃて、みんながおいしくないって言ったら、おやさいさんたちがかなしんじゃって、その時、パーティーの時で、そのパーティーがみんなが楽しくないパーティーになっちゃうから、ぼくはあったかいままで、すぐ食べたほうがいいと思いました。あと、12月19日金曜日にみんなが食べていいのかなとか食べちゃだめなのかなと思って、ずっとまっていて、おりょうりとかやきいもとかがさめちゃって、おいしくないってなったから、ぼくはあったかいまますぐに食べた方がいいと思いました。」
「らんまん農えんで作ったりょうりについて話しました。わたしは、みんなでいっしょにたべたいです。なんでかというと、さめないほうがおいしいけど、みんなでいっしょにたべたときにおいしかったから、みんなといっしょにたべておいしいから、みんなでたべたほうがいいかなっておもったよ。」
「らんまん農えんで作ったりょうりについて話しました。ぼくは、みんなでいっしょに食べなくてもいいと思います。りゆうは、ぼくは、できたてのままがおいしいと思うから、みんなで食べなくてもいいと思いました。でもできたてでみんながたべられるなら一番それがいいです。でもいままでは、じゃんけんだったからふびょうどうで、ぼくは、じゃんけんとかそういうものできめるのは、ぼくは、よくないと思います。」
「らんまん農えんで作ったりょうりについて話しました。ぼくは、みんなでいっしょに食べた方がいいと思います。わけは、みんなが、一しょうけんめいに、がんばって、そだてたお野さいをおりょうりにして、食べてもらうんですけど、みんなで、食べたいから、どうしても、さめてしまいます。だけど、みんなが、いっしょうけんめいに作ったお野さいなら、きっと、みんなが食べても、おいしくかんじると思います。らんまん農えんで、ピザを作った時、ぼくは、切っていたんですけど、34人ぶんていねいに切っていて、さめてしまいました。だけど、みんなで食べれば、すごくさめていても、おいしかったです。」











