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学級の活動

宮沢賢治から受けとったメッセージ

5年2組 実践教科活動 2022/03/08

 
 実践国語科の「宮沢賢治から社会を読む」の活動もいよいよ節目の時を迎えました。最後にみんなで読み深めていく作品は『虔十公園林』です。発表されたのは1934年、宮沢賢治が亡くなった翌年です。この作品では虔十という人の生涯が描かれています。詳しくは『虔十公園林』を読んでみてください。
 
 この日の国語の時間は、「虔十はなぜ馬鹿にされるのか?」について考えを交流しました。そして、本文に出てくる言葉、「だれがかしこくて、だれが賢くないかはわかりません」をもとにして、「かしこいとは何か?」について互いの考えを交流しました。これまでに読んできた宮沢賢治作品と『虔十公園林』を行き来したり、作者である宮沢賢治の見ていた世界への想像をひろげたりしながら、考えを深めていきました。

 以下はこの日の交流後に子どもが書いたノートの記述です。

・かしこい、賢くないは、人間がある基準で勝手に決めただけのものであって、自分にしかできない「賢い」がきっとあるはずですよということを伝えたかったと思います。
・だれがかしこくて、だれが賢くないというのはもしかしたら、だれもかしこくないし、だれもが賢いといえるのかもしれないです。この作品や賢治の作品には差別をなくし、平和な世界になってほしいという思いが込められています。
・結論からいうと、虔十は賢治の理想の一つなのではないかと思います。まず名前が似ているし、農作業をする姿はあの時の宮沢賢治とすごくよく似ています。ここを鍵として、『雨ニモ負ケズ』が出てきます。どちらの作品が先に書かれたのかはわかりませんが、『雨ニモ負ケズ』で語られた賢治の理想が、作中の虔十によく似ているのです。例えば「いつも静かに笑っている」というところ。これは最初の虔十に似ています。そして、「決して怒らず」というところも、また平二になぐられた時も、やり返さなかった一因なのかもしれません。また、博士の言葉もふまえて、虔十は人よりも知能が足りない、障がい者なのかもしれません。そして、「だれがかしこく、だれが賢くない」のところでは、今まで村人に馬鹿にされていた虔十の賢さについていっているのではないかと思いました。そして最後に、「本当のさいわい」という言葉は、つまり虔十のつくった虔十公園林が他の人々に、本当のさいわいとは人それぞれであり、それはその人の生き方でもあるということを教えているのかなと思いました。
・これは賢治自身の出来事をストーリー化したのだと思います。もしも『雨ニモ負ケズ』が本当にあったことなら、つじつまが合うはずです。まず、虔十は馬鹿にされていました。そこが『雨ニモ負ケズ』の最後の方にある「みんなにデクノボーとよばれ」という部分です。そして、虔十公園林の最後の方にある「本当のさいわい」というのは、「ほめられもせず、苦にもされず」というところだと思います。そして最初の「雨にもまけず」のところは、雨の中に立番している虔十で、「風にも負けず」は、平二の畑を守っている杉のことだと思います。「丈夫な体をもち」というところは、平二になぐられた虔十のことだと思います。「欲はなく」というところは、今まで一度も頼み事をしたことがなかった虔十、「決して怒らず」は人のいい虔十だし、「あらゆることを自分を感情に入れずに」というところもそういう意味だと思います。「西に疲れた母あれば」というところは、兄さんに「少し田でも打ってすけろ」というのを言われて、母を助けながら田を起こしている虔十だと思います。「北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい」というのは、平二が虔十になぐりかかっても、平二に抵抗しなかったということだと思います。そして、「野原の松の林の陰」というのは、「野原の杉」だったとしたら…すごくないですか。そして、その陰の小さなかやぶきの小屋というのは、賢治、そして虔十の家のことだと思います。これらのことを全部合わせて、ぼくは虔十公園林は、「賢治の一生を描いた物語」なのではないかと思っています。
・宮沢賢治が「虔十公園林」で伝えたかったことは、「本当の幸せとは、生きること」ということだと思います。その生きるというのは少し言葉にしづらいけど、鳥の鳴く声、小川が流れる音、木が風でさぁーっと揺れる音など、そんな自然のあふれたところにいられるということが、幸せなことであり、それを宮沢賢治が作品を通して伝えようとしていたことだと思います。
・宮沢賢治がこの作品に込めた思いは特になく、自分を見つめ直すために書いたのだと思います。理由は、宮沢賢治が自然が大好きで、特に花巻の自然が好きだったことに似ています。博士が言っていた「だれがかしこくて、だれが賢くないか」のところで、あえて自分の名前にある「賢」をつかうのは、自分に対して、「自然を好きな自分はほんとうにそれでよいのだろうか」と考えたからだと思います。死ぬ前に賢治が書いた「雨ニモ負ケズ」の「そういうものにわたしはなりたい」は理想の姿であり、賢治は最期にその理想通りになっていったのだと思います。
・宮沢賢治の作品を読んでいて感じることはいろいろな見方の大切さです。宮沢賢治の作品は毎回注目するところがあり、仲間と話しているといろいろな意見が出てきます。これまでもいろいろな見方で賢治の作品を見つめてきたからだと思います。私は虔十の人生を悲しい人生だと思いましたが、そうではないと考えた人もいました。結論はないけれど、話していくと本当のことが分かってくるようで、また他の作品も読みたいと思いました。

 

 文学は人の生き方を描きます。「宮沢賢治から社会を読む」の活動を通じて、虔十、そして宮沢賢治の生き方にもふれながら、読みを深め、子どもたちこれからを豊かにしていくような読書体験ができたように思います。1年間にわたって共に活動した子どもたちに感謝です。     活動の最後は、宮沢賢治が書いたこの文章をもう一度あじわい、活動を閉じました。

 
 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
 わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
 ほんとうに、かしわばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
 ですから、これらのなかには、あなたのためになるところもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
 けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。

(注文の多い料理店 序文より)